明星電気 (E01792) 沿革

時価総額
PER
気象観測・防災システム機器の有力企業。気象観測装置、防災システム、環境計測機器、宇宙関連機器を開発・製造・販売。親会社はIHI。製造から設置工事まで一貫サービスを展開。
2020年06月明星マネジメントサービス株式会社を清算しました。
2019年04月ラジオゾンデ(RS-11G)がGRUAN(気象変動を監視するための高層観測網の設置推進を図る国際機関)から認証を受けました。
2017年03月海外向け地震計G401の販売を開始しました。
2016年12月ジオスペース探査衛星「あらせ」に7機種の観測機器を搭載しました。
2015年06月POTEKA気象情報サービスを開始しました。
2014年08月世界最小・最軽量のラジオゾンデiMS-100の販売を開始しました。
2013年10月東京都江東区豊洲(豊洲IHIビル)に東京事業所を移転しました。
2013年07月群馬県伊勢崎市に本社を移転しました。
2012年06月株式会社IHIによる普通株式の公開買付が成立し、株式会社IHIが発行済み株式総数の51%を所有する親会社となりました。
2011年08月資本金を2,996百万円に減資しました。
2007年09月月周回衛星「かぐや」にハイビジョンカメラを含む8機種を搭載しました。
2007年09月メイセイエレクトリック(マレーシア)Sdn.Bhd.を清算しました。
2006年01月メイセイソフト開発株式会社を消滅会社とし同社を吸収合併しました。
2006年01月守谷工場(茨城県守谷市)を閉鎖し、伊勢崎工場(群馬県伊勢崎市)に統合しました。
2005年08月優先株式や普通株式の発行及び株式分割によって、資本金を5,411百万円に増資しました。
2005年07月守谷工場(茨城県守谷市)の売却契約を締結しました。
2004年01月メイセイビジネス株式会社を清算しました。
2003年02月資本金を3,749百万円に増資しました。
有限会社ディー・エス・エムインベストメンツラムダが発行済み株式数の55.9%を所有する親会社となりました。
2001年09月山形明星電気株式会社を清算しました。
1999年03月メイセイ通信システム株式会社およびコムテックエンジニアリング株式会社ならびに東海ニックス株式会社を清算しました。
1999年03月威星(香港)有限公司および明星(珠海)電器有限公司を清算しました。
1999年02月メイセイエンジニアリング株式会社を継続子会社としてメックテクノロジー株式会社を合併比率1:1で吸収合併しました。
1998年07月日本電気株式会社を割当先とする転換社債30億円を発行しました。
1995年12月メックテクノロジー株式会社を設立しました。
1995年11月明星(珠海)電器有限公司(威星(香港)有限公司の100%出資)を中国珠海市に設立しました。
1995年10月威星(香港)有限公司を香港に設立しました。
1994年03月気象庁に津波地震観測装置を納入しました。
1992年07月メイセイエンジニアリング株式会社(2007年1月、明星マネジメントサービス株式会社に商号変更。)を設立しました。
1989年06月日本電気株式会社が発行済み株式総数の13.1%を所有する筆頭株主になりました。
1989年01月メイセイエレクトリック(マレーシア)Sdn.Bhd.をマレーシア、ペナンに設立しました。
1988年11月メイセイソフト開発株式会社を設立しました。
1987年04月コムテックエンジニアリング株式会社、東海ニックス株式会社およびメイセイビジネス株式会社を設立しました。
1984年10月資本金を1,954百万円に増資しました。
1980年01月株式会社メイセイを清算しました。
1976年08月目黒研究所を廃止し、守谷工場に統合しました。
1975年08月株式会社メイセイを設立しました。
1974年07月気象庁に地域気象観測システム(アメダス)を納入しました。
1973年12月資本金を680百万円に増資しました。
1972年04月山形明星電気株式会社およびメイセイ電気工事株式会社(1983年11月メイセイ通信システム株式会社に商号変更)を設立しました。
1968年06月群馬県伊勢崎市内に伊勢崎新工場を建設しました。
1967年11月文京区小石川に本社を移転しました。
1966年01月釦電話装置を日本電信電話公社に納入しました。
1964年04月茨城県守谷町に宇宙・気象観測装置および電子応用装置を製造するため守谷工場を建設しました。
1963年12月資本金を340百万円に増資しました。
1962年11月資本金を160百万円に増資しました。
1962年06月東京証券取引所市場第二部に上場しました。
1961年12月資本金を8,000万円に増資しました。
1961年05月資本金を4,000万円に増資しました。
1957年04月中央区銀座に本社を移転しました。
資本金を2,000万円に増資しました。
10回線3号共電式構内交換機を電電公社に納入し、宅内機器メーカーとしての基盤を確立しました。
1953年02月日本電信電話公社の交換機製造指定メーカーとなりました。
1951年04月大森研究所を東京都品川区上大崎に移転するにあたり、目黒研究所と改称しました。
1948年10月大田区大森に大森研究所を設立しました。
1948年09月農機具の製造を中止するとともに継電器の製造・販売を開始しました。
1946年03月大森区南馬込に本社を移転しました。
1946年01月資本金を200万円に増資しました。
1945年06月群馬県伊勢崎市に本社工場を移転するとともに農機具および養蚕用恒温装置の製造を開始しました。
1939年10月社名を明星電気株式会社と改称しました。
ラジオゾンデの製造販売を開始しました。
1939年05月資本金を500千円に増資するとともに株式会社に変更し、株式会社東洋無線電機製作所と社名を改称しました。
1938年02月東京市蒲田区下丸子に資本金300千円で電気通信機械の製造・販売を目的として合名会社東洋無線電機製作所を設立しました。
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