尾張精機 (E01290) 沿革

時価総額
PER
自動車部品製造の有力企業。精密鍛造品、ねじ類、航空機部品を展開。溶接用ナット・シンクロナイザーリングなどが主力。国内子会社3社、海外子会社4社体制で日本・アメリカ・インド・タイ・インドネシアに展開。トヨタ自動車を始めとする各自動車メーカーに供給。
2020年04月OSR,INC.アメリカ合衆国インディアナ州に土地を取得し、工場を移転。
2019年05月埼玉県朝霞市に関東営業所を開設。
2016年04月インドネシア共和国西ジャワ州に、PT.Owari Seiki Indonesiaを設立。(2020年4月カラワン州に移転)
2013年01月美濃工場を増築し、建屋二階に株式会社美濃コーティング(現・連結子会社)を設立。
2012年10月株式会社守山製作所を存続会社とし、株式会社旭鉄工所を吸収合併。
2009年12月航空宇宙産業における国際規格JISQ9100の認証を取得。
2009年09月株式会社旭鉄工所(現・株式会社守山製作所)の増資を引き受け、子会社化。
2008年03月東京営業所を閉鎖し、営業部に統合。
2007年03月タイ王国ラヨン県に、OYT CO.,LTD.を設立。(2017年4月OWARI SEIKI(THAILAND)CO.,LTD.(現・連結子会社)に社名変更)
2006年11月本社・旭工場・美濃工場・広島営業所でISO9001に加え、品質保証の自動車部品に対する国際規格TS16949の認証を取得。
2006年05月創業100周年記念として、本社工場に「先人の碑」を建立。
2005年01月本社工場の冷間鍛造工場を改築。
2004年08月中華人民共和国浙江省嘉興市に合弁会社合克薩斯(へくさす)精工(嘉興)有限公司を設立。(当社出資比率10%)
2002年12月インド共和国カルナータカ州バンガロールに、OWARI PRECISION PRODUCTS(INDIA)PVT. LTD.(現・連結子会社)を設立。
2002年10月本社・旭工場・美濃工場で、環境の国際規格ISO14001の認証を取得。
2002年04月アメリカ合衆国インディアナ州に、OSR,INC.(現・連結子会社)を設立。
2001年08月本社工場に物流センターを新設。
2000年03月旭工場にミドルリング工場を新設。
1999年12月旭工場で、品質保証の国際規格ISO9002の認証を取得。
1999年04月本社・美濃工場で、品質保証の国際規格ISO9002の認証を取得。
1995年04月岐阜県美濃市美濃テクノパークに冷間鍛造工場を新設。
1994年05月株式会社江南螺子製作所(現・連結子会社)の株式買収。(2016年8月愛知県江南市から岐阜県各務原市に移転)
1993年01月岐阜県美濃市美濃テクノパークに新工場用地を取得。
1992年03月旭工場にプラズマ溶射工場を新設。
1989年11月旭工場に物流センターを新設。
1987年11月広島営業所を開設。
1985年01月本社の工具工場を旭工場に移転。
1982年02月自動車ミッションの部品であるシフトフォークの製造を開始。
1981年03月本社工場に熱処理工場を建設。
1973年01月東京事務所を東京営業所と改称。
1970年06月尾張旭市に熱間鍛造工場を新設。
1969年01月一般ねじ類の販売を目的とし東京事務所を開設。
1968年05月尾張旭市に機械加工工場を新設。
1967年05月尾張旭市に新工場用地を取得。
1966年07月本社工場に新熱間鍛造工場を建設。
1962年05月商号を尾張精機株式会社と変更し、掛時計、目覚時計の製造を中止し、自動車ミッション部品、一般ねじ類、航空機の部品製造に重点をおく。
1962年01月株式会社守山製作所(現・連結子会社)を設立。
1961年10月名古屋証券取引所(市場第二部)に上場。
1949年05月本店を現在地に復帰し、本社工場を除く他工場を整理。
1945年08月軍需会社の指定を解除され、同年10月商号を尾張時計株式会社と復元変更し、掛時計、目覚時計、及び一般ねじ類の製造に従事し平和産業へ転換。
1944年06月本店を名古屋市東区葵町に変更し、同年8月瀬戸市に工場を新設。
1944年01月津島市藤浪町に工場を新設し同年4月軍需大臣により軍需会社に指定。
1943年08月商号を尾張時計航空機工業株式会社と変更し、名古屋市東区飯田町に工場を新設。
1939年12月名古屋市東区矢田町に工場を新設し、陸軍航空本部監督工場に指定され専ら航空機部品の製造に従事し本店を矢田町に移転。
1918年07月帝国機械製造株式会社を合併。
1906年05月中国及び東南アジアの輸出柱時計及び目覚時計の製造・販売を目的として、資本金10万円をもって尾張時計株式会社を設立。
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