宮地エンジニアリンググループJP:3431

時価総額
¥548億
PER
9.9倍
橋梁や鉄骨の設計、製作、施工から土木、プレストレストコンクリート工事まで、幅広い建設事業を展開。

沿革

(宮地エンジニアリンググループ株式会社)

2003年5月

株式会社宮地鐵工所及び宮地建設工業株式会社(2011年3月宮地エンジニアリング株式会社と改称)(以下「両社」という)は、株式移転による完全親会社設立に関する主要事項について合意し、共同株式移転契約を締結

2003年6月

両社の定時株主総会において、株式移転により宮地エンジニアリンググループ株式会社を設立し、両社がその完全子会社となることについて承認決議

2003年9月

両社が株式移転により宮地エンジニアリンググループ株式会社を東京都中央区に設立
普通株式を株式会社東京証券取引所市場第一部に上場

2011年2月

宮地建設株式会社を東京都中央区に設立(2018年1月宮地エンジニアリング株式会社と合併し消滅)

2011年3月

宮地技工株式会社(2015年7月株式会社エム・ジー・コーポレーションと改称・現 非連結子会社)の全株式を株式会社宮地鐵工所から譲受

2015年4月

エム・エム ブリッジ株式会社(2015年4月三菱重工鉄構エンジニアリング株式会社から改称・現 連結子会社)の株式の51%を三菱重工業株式会社から取得

2022年4月

株式会社東京証券取引所の市場区分の見直しにより、市場第一部からプライム市場に移行

(旧株式会社宮地鐵工所)

1908年9月

宮地栄治郎個人経営で東京市本所区南二葉町に創業
ボルト、鉄扉等の製作及び建築鉄骨組立工事請負を開始

1919年1月

東京府南葛飾郡大島町に大島工場を新設し、翌年より橋梁架設工事を開始

1923年10月

関東大震災を機に合資会社宮地鐵工所に改組、資本金5万円

1931年1月

本社並びに工場を城東区南砂町に新設

1938年4月

合資会社を株式会社宮地鐵工所に改組、資本金50万円

1945年3月

東京大空襲により工場が全焼、海軍艦政本部要請により長野県波田村に一部工場を移転し波田工場(松本工場)を開設(2014年12月完全操業停止)

1949年3月

宮地建設工業株式会社を創設し、土木部門を分離

1958年8月

大阪営業所、名古屋営業所、札幌営業所開設

1958年10月

株式を東京証券市場に店頭公開

1959年5月

福岡営業所開設

1961年10月

株式を東京証券取引所市場第二部に上場

1962年8月

株式を東京証券取引所市場第一部に上場(2003年9月上場廃止)

1972年8月

沖縄営業所開設

1978年6月

仙台営業所開設

1983年10月

本社を東京都中央区に移転、工場を臨海橋梁工場として千葉工場(市原市)に移転し全面操業開始、東京工場(砂町)を閉鎖

1990年6月

千葉県市原市に株式会社ひまわりを設立(1993年6月宮地技工株式会社と改称)

1994年10月

広島営業所開設

1998年10月

千葉県市原市に株式会社エム・アイ・シーを設立(2015年7月宮地技工株式会社・現 株式会社エム・ジー・コーポレーションと合併し消滅)

2011年3月

宮地技工株式会社の株式を宮地エンジニアリンググループ株式会社へすべて譲渡

2011年3月

宮地建設工業株式会社と合併し消滅

(宮地エンジニアリング株式会社(旧宮地建設工業株式会社))

1949年3月

株式会社宮地鐵工所の土木部門が分離独立して、東京都中央区に設立

1949年10月

建設業法制定により建設大臣登録

1950年11月

本社を東京都文京区に移転

1963年4月

栗橋倉庫開設(現 栗橋機材センター)

1963年7月

大阪出張所開設(現 関西支社)

1964年2月

株式を東京証券取引所市場第二部に上場(2003年9月上場廃止)

1974年3月

建設業法による特定建設業の許可

1977年1月

本社を東京都江東区に移転

1983年7月

本社を東京都豊島区に移転

1989年8月

株式会社成和建設の株式を取得(1991年1月エム・ケイ・エンジ株式会社と改称・現 非連結子会社)

1991年8月

九州事業所開設(現 福岡営業所)

1995年11月

株式会社宮地鐵工所との共同出資により株式会社宮地総合メンテナンスを東京都千代田区に設立

2003年2月

株式会社宮地総合メンテナンスの株式を買い増しし、同社を完全子会社化

2003年4月

株式会社宮地総合メンテナンスを吸収合併

2003年10月

本社を東京都中央区に移転

2004年9月

エム・ケイ・エンジ株式会社の株式を買い増しし、同社を完全子会社化

2010年3月

エム・ケイ・ワークス株式会社を埼玉県北葛飾郡栗橋町に設立(現 非連結子会社)

2010年4月

名古屋営業所開設

2011年3月

株式会社宮地鐵工所を吸収合併し、商号を宮地エンジニアリング株式会社に変更(現 連結子会社)

2015年1月

宮地エンジニアリング松本発電所を長野県松本市に新設し、発電を開始

2018年1月

宮地建設株式会社を吸収合併

事業内容

宮地エンジニアリンググループは、宮地エンジニアリング株式会社を中心に、子会社5社を含む持株会社体制を敷いています。このグループは、橋梁や鉄骨などの鋼構造物に関する一連のサービスを提供しており、その範囲は調査診断・点検から設計、製作、架設、補修・補強に及びます。また、土木工事やプレストレストコンクリート工事の設計、施工・工事管理も手掛けています。

同社グループは、事業内容を基にしたセグメントで構成されており、「宮地エンジニアリング」と「エム・エム ブリッジ」の2つが主要な報告セグメントです。「宮地エンジニアリング」では、新設橋梁の設計から施工、既設橋梁の維持管理や補修・補強、さらには橋梁周辺の鋼構造物や複合構造物の設計・製作・施工、FRP構造物の販売、プレストレストコンクリート橋梁やその他土木事業、大空間・超高層建築物、鉄塔、煙突、工場建物、既設構造物の耐震・免震工事など、幅広いサービスを提供しています。

一方、「エム・エム ブリッジ」では、橋梁や沿岸構造物の設計・製造から据付、販売及び修理までを行っています。これらのセグメントを通じて、宮地エンジニアリンググループは構造物のライフサイクル全般にわたるサービスを提供し、社会基盤の維持・強化に貢献しています。

経営方針

宮地エンジニアリンググループは、社会インフラの建設・維持・補修を通じて豊かな国土と明るい社会創りに貢献することを経営理念としています。同社は、公正な競争と社会や顧客のニーズに応える製品・サービスの提供を目指し、持続的な成長と社会的責任の遂行に努めています。経営環境の変化に対応し、国内鋼橋市場の動向を踏まえた最適経営を行うことで、中期経営計画の達成を目指しています。

同社グループは、2022年度を初年度とする中期経営計画を策定し、その初年度においては概ね計画に近い業績を達成しました。今後も、新設関連工事、大規模更新・保全関連工事、民間工事に経営資源を適切に配分し、技術開発やデジタルトランスフォーメーションに基づく生産性向上、人材の確保・育成、女性活躍の推進、働き方改革を進めることで、中期経営計画の達成に努めます。

特に、橋梁事業では、新設関連と大規模更新・保全関連で安定した発注量が見込まれており、高難度ビッグプロジェクトの推進も見込まれています。鉄道関連では、首都圏の再開発事業や連続立体交差事業など、高難度工事において同社グループの技術力が強みを発揮できるとしています。

2024年3月期の連結業績については、売上高690億円、営業利益66億円、経常利益67億円、親会社株主に帰属する当期純利益35億円を目指しています。これらの戦略を通じて、宮地エンジニアリンググループは、ステークホルダーと共に歩み、共に成長する企業を目指しています。